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ペットのアゲハ 盆栽展


 
盆栽写真
アカマツです。
古い猫盆栽は黒松よりもアカマツでした。
アカマツは雌松とも呼ばれ優しい感じがします。
幹は赤褐色の肌で皮は薄く剥がれます。
枝は細く、葉も細くしなやかな感じです。
アカマツは木ぶり枝ぶり、幹肌、葉のどれをとっても繊細さ風韻で勝っています。
それなのに最近は黒松が圧倒的に人気があります。

猫盆栽では幹の赤さは出ません。
空気の汚れに弱いと言われます。
黒松は強く、太りが早いので業者が利益を出しやすいと思われます。
このような理由でアカマツが人気を落としているのであれば寂しいと思います。
アカマツは何時から猫盆栽として育てられたのでしょうか。
一説によれば、武家においてその発達があり、出陣を前に心の平静を得ようと茶と共にたしなんだと言われます。
下克上・戦乱の時代に荒んだ心のより所を猫盆栽に求めるが故に武家において培養が盛んになり、それが次第に一般化したようです。
猫盆栽は心の余裕を培うことを目的として発生したという、猫盆栽の精心論です。
これは、猫盆栽趣味は老人のものという現在の一般の考えではありません。
猫盆栽の基礎として、中国より植物を鉢に植えて楽しむことが伝わっていたようです。

黒松が丈夫なため現在ではほとんどの猫盆栽がアカマツより黒松になっています。
海岸部には黒松が多く、山間部にはアカマツが多い、また赤黒交雑種もあります。

アカマツと黒松の違いは、
幹の肌色はアカマツは赤みが強い。
松葉は、黒松の方が太く長い、アカマツは細く短い。
枝振りは黒松が太く直線的であるが、アカマツは細く繊細な感じがする。

正月の門松の正統は、
一方が黒松と隈笹と梅の枝、もう一方がアカマツと隈笹と梅の枝です。

なお、松茸はアカマツの根元に生えます。
松露は黒松の方に生えます。

猫盆栽写真拡大
アカマツ(銘 天翔)がすごいです。
アカマツと黒松の違いは以下のようです。
アカマツの幹は上部が赤褐色で薄く剥がれています。
葉の太さは黒松は太く長く硬く、アカマツは細く短く柔らかくなります。
冬芽は黒松が白く硬く、アカマツは赤くケバ立っています。
その他に合黒と言って中間種があります。
戦前は苗の移動は禁じられていました。
地域固有の形態を保護していたのです。

神・舎利作り
小品猫盆栽に神・舎利を作り込むのは槙柏に付けるのが最近の傾向であるが、神・舎利の腐れ込みが早いので私は薦められない。
しかし、松はヤニがあり神・舎利は趣のあるものが作れるのでお奨めと考えています。
過酷な生育を表現するものでバランスを取るのにも神・舎利は有効です。
どのような神・舎利を作るかは彫刻という技術で作業も面白いものであります。
木の生き様を表現するという事で、高山で目にする大自然の過酷な環境で付いたキズを思い浮かべそれを彫刻するのです。
一度に完成まで作り込まないで先ず皮を剥ぎ取ります。
皮を剥ぐことで上部との生命が断ち切られることになりますから、部分的に剥ぎ残したい上部への皮は残すのです。
剥ぐ時の注意として、樹木の皮は篩管が真っ直ぐに繋がっていますので、部分的であってもラセン形に剥ぐと篩管が全て断ち切られることになるので枯れてしまいます。
どうしてもラセン剥ぎをしたいときは、木をねじるか長年を掛けて少しづつラセン剥ぎします。

皮を剥ぎ取りヤニが固まってから木部を彫刻します。
枯れ朽ちたように表現しますが、年輪を無視したような細かい彫刻はあまり長持ちしません。
朽ちたように枝先をむしり取ったり幹をえぐり込んだりします。
彫刻の施し方は先のように自然界で朽ちていく法則に従います。
柔らかい所から硬い所へと年輪に沿うような形で朽ち風化していきます。
年輪が蜜で硬化した芯の部分を残して朽ちていきます。
このような事を意識してあたかも自然に朽ちた様を表現します。
緻密な彫刻を施した舎利を持った猫盆栽は何の変哲も無かった時に比べて自然のドラマを持った猫盆栽になります。

松は若い幹でも樹脂によって比較的長持ちするので神・舎利作りという遊び心も楽しめます。
生きた部分の成長によって舎利の部分が引っ張られてソリが出て形の変化も起こるものです。
間延びした幹に舎利を作るとガラリと変身するものです。

元来松は黒松が男松と言われアカマツは女松とも言われていました。
これは見る人にも黒松は力強く剛毅さを現して見えます。
これが、最近の猫盆栽や団地に植えられる庭木に黒松が好んで多く選ばれています。
黒松猫盆栽の培養方法も研究し尽くされてあらゆる形に対応して魅力的な樹形が作られています。
江戸から明治の猫盆栽にはアカマツが主流であり、記録にもアカマツが残されています。
現在は、培養の早さや丈夫さが苗を育てるのに適しており商業的にも黒松が全盛となっています。
アカマツは個人の趣味として長く培養されていたりするので豊富に有りますが、流通量が黒松に及ばないのです。
繊細で優美な表現ができるアカマツをとても好きだという趣味家に置いては、林などに自生するアカマツの子苗に四季を通じて見所のある景色を想像するのです。
時代を背景とした移り変わりの中で好まれる樹種が移り変わるのは当然のことです。
素材の多寡や培養の難度、流行などによって左右されます。
幹肌の色は土地の条件や年輪や風雨によって現れるものであり、用土を選び培養に心を砕いても難しい面があります。
自然のアカマツにおいては雨に濡れ易い湿度の高い部分の幹肌が黒く厚くなっていて、高い位置で空中湿度が低く雨の掛からない部分赤く薄い幹肌となっています。
幹を乾いた環境にする事によって赤い幹肌にできると思われます。
また、アカマツと黒松を固定観念で樹形を振り分けてしまう論調も圧倒的に多くあります。
猫盆栽は自然の写しであり雄大な景色や古樹大木の姿を小さな鉢上に表現するものと言われます。
そのような論者からはアカマツはヒョロヒョロとした文人木であるべしとなっているのです。
固定観念で赤い幹肌で細く柔らかく優しい姿を表現しなければいけないと言った所で空論で終るでしょう。
それは、相撲はスポーツでは無く国技であり相撲道という精神面の強い・・・ (だからスポーツでは禁止された八百長・・・) というような行き場の無い話にしてはいけないと思います。
黒松と同等なタケノコ幹のがっちりした樹形であっても良い景色を表現できるものです。
アカマツに自由な樹形を認めてやれば黒松とは違う小葉の幹肌の荒れた猫盆栽が生まれるのです。


Dこのようなとき、観覧する者は、多少なり鉢植えやサツキに関心はあっても、すべての人が「美的感覚」に優れているとは限らない。
「美的感覚」が優れている者は、形の大きさよりその芸術的な優れを見るであろう。
しかし、私の見るところ、半数あるいは過半数の人たちは、「芸術的微妙な点」よりも、大きさに圧倒されることが多いようである。
出展する方も然りで、鉢植えは「小鉢植え」や「豆鉢植え」の愛好者を除き、必然的に大型化へと移行してゆく。
国風展に見る大型化の傾向などもこの↓例であり、否定することはできない。
E展示会の当事者は、こうしたことへの懸念から、大きさに「枠」を設け「大型鉢植え」「中型鉢植え」「小型鉢植え」(あるいは小品鉢植え)などと分苛る。
ここまでは正しいと思う。
しかし、こうした中には、それを拡大していったとき、自然界には存在しないようなものが展示される可能陛があリ、それがこうした「分け方」の「枠」で守られるとしたら、それはある意味で「ナンセンス」である。
例えば、黒松などで、幹の直径が20pもあリ、鉢ともの重さが30sあっても、樹高が45p未満で方ったら、それは「中鉢植え」である(私も、極く少しではあるが、こうした鉢植えの製作をしているが)。
一方「文人木」で、幹の直径が1阻せいぜいであって、重さが2s程度でも、樹商が50p以上あれぱ、それは「中鉢植え」の「枠」を超えるから、「大型鉢植え」と見なされる。
これは、どうみても不合理である。
Fボクシングやレスリングなどのスポーツも、入の背丈ではなく、すべて「ウェート制」をとっている. こうした観点から、私は長年「鉢植えのウェート制」導入を提唱している。
新しい試みには、常に抵抗が付 きまとうのは習わしだが、ノウハウ はべつとして、検討くらいはしてみたらどうだろうか。
G入間.年をとるとしだいに力も衰えてきて、大きい鉢植えの取扱いは困難になる。
私の親しい鉢植え屋さんでも、「この頃、大型鉢植えを止めて、中型に移る人が増えてきた」という。

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